なあ君、ファミレスを享受せよ。
月は満ちに満ちているし ドリンクバーだってあるんだ。
※ネタバレを含みます。
「異界のファミレスに軟禁された主人公が、同じく軟禁されている一癖ある仲間と繰り広げる奇妙な一夜の会話劇」という、アドベンチャーゲームとしてはもちろんゲーム全体として見てもトンガったコンセプトで作られた本作は、そのコンセプトにたがわず、かなりトンガった代物であった。
本作は「非日常なもの」を指向しがちなゲームという媒体で、雑談交じりの会話劇を繰り広げており、だからこそ、その平凡さや身近さが逆に強い個性として表れている。
ゲームは現実世界とは異なる別の世界を作り出すことができる媒体であり、その特性上、現実世界とは違った体験を提供することを強く指向する。最近はやりのオープンワールドというゲームジャンルなんてのはその典型で、現実離れした世界で、現実離れした見てくれの敵を、現実離れした能力を使って倒す。そんなゲームは当然楽しいに決まっている。未知の体験に好奇心がくすぐられるという感覚はどんな人間にでも備わっているからだ。
そういうゲームと比較して本作はどうか。4人の仲間たちとドリンクを片手に、内容があったりなかったりする会話をすることで話が進んでいく。謎のファミレスについての話、相手の身の上話、そして雑談。主人公たちがおかれているこそ非日常であるものの、そこで交わされる会話は実に他愛もない。舞台こそ現実離れしているが、そこでの体験は実にありふれたものだ。
しかし、じゃあ『ファミレスを享受せよ』は退屈なゲームなのかと聞かれたら、全くそんなことはない。一癖ある登場人物たちとの会話は実に平凡で起伏も大きくないが、そんな会話の節々から彼らの内面が少しずつ見えてくる。そしてゲーム中盤以降は、彼らの過去や秘密を知ることで、より彼らのことが身近に、リアルに、魅力的に見えてくるのだ。
『ファミレスを享受せよ』の面白さは、それこそ現実の友人関係の面白さとかなり似ている。初めて会う人と知り合って、そして知り合いから友達になって、お互いの境遇やバックグラウンドを直接知るに至る。自分と違う他者を知り、彼らの考え方や人間性を知っていく面白さを、本作は作り出そうとしていたのだ。
そして、そんな面白さを追求しているからこそ、『ファミレスを享受せよ』という作品には無限の奥行きが感じられるのだ。「内的宇宙(内宇宙)」なんて言葉があるように人の内面は広大で複雑で、とても解き明かせるものではない。しかし、そんな難しさがあるからこそ人を知ることは面白いのである。
『ファミレスを享受せよ』はそんな難解で、しかし面白い「相手を知る」という行為にフォーカスを当てる。当然ゲームなので相手から得られる情報の量には限界があるのだが、遊んでいるうちに彼らには本人が話していない、あるいは本人が気づいていない側面があるのではないかと思えてきて、そういう側面を遊ぶ中で想像し、彼らのパーソナリティを補完していく。彼らの「内的宇宙」を知ろうとするのだ。
そんな無限に続く面白さを核としているから、『ファミレスを享受せよ』はそのシンプルさにも関わらず、無限の奥行きを生み出している。コントローラーを手にしていないときでさえ、その面白さは続いていく。そういった意味では、俺はまだ『ファミレスを享受せよ』をクリアしていないのかもしれない。ファミレスでの奇妙な一夜をともに過ごした彼らに思いを馳せる、という永遠に続く娯楽の中で、もうしばらく遊んでみるつもりだ。